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変形性膝関節症に再生医療がいいらしい。そんな情報を耳にした方も、最近では少なくないのでは? なかでも注目株なのが、脂肪由来の幹細胞を活用した再生医療です。でも実際のところ、何がどう膝に良いのかまではあまり知られていません。そこで、今回の記事。
脂肪幹細胞が何なのか、他の幹細胞とどう違うのか、さらに膝軟骨にどんな作用をもたらすのかについて、エビデンスをひも解き解説。読み終えればきっと、これまで厄介者でしかなかった脂肪のイメージが変わるはずです。
変形性膝関節症に対する脂肪幹細胞の有効性が示された報告例
変形性膝関節症の再生医療と聞いてまず気になるのは、本当に効果が確認されているのかということですよね。脂肪幹細胞を活用した変形性膝関節症の再生医療は、世界中で様々な研究や調査が行われています。その中から、脂肪幹細胞の有用性を示した有名なエビデンスをご紹介しましょう。
それが、重度の変形性膝関節症へ行った脂肪幹細胞治療の調査報告です。この臨床試験では、変形性膝関節症患者84名を18名ずつの3グループに分け、それぞれ異なる脂肪幹細胞量を膝関節内に投与する形で行われました。脂肪幹細胞量は、low dose(200万個)、 middle dose(1000万個)、high dose(5000万個)の3段階。その結果、以下のような結論が導き出されています。
- Low dose(低用量群)でのみ、統計的に有意な改善を確認(数値が高いほど痛みが強いことが示されるWOMACスコアの数値低減)
- 有害事象は4人の患者において、局所注射後に一過性の膝関節痛と腫れが観察されたが、いずれも軽微事象。
つまり、効果への期待はもちろんのこと、この再生医療は変形性膝関節症患者にとって、安全と言えるものであることが示されたのです。
【参考文献】
「Adipose mesenchymal stromal cell-based therapy for severe osteoarthritis of the knee: a phase I dose-escalation trial.」Pers YM, Rackwitz L, Ferreira R, et al. Stem Cells Transl Med. 2016;5(7):847-856.
再生医療で注目される脂肪幹細胞って何?
いきなり変形性膝関節症に対しての治療報告からお話しましたが、そもそも脂肪幹細胞がどんな細胞なのかについて触れておきます。
脂肪組織の構造と存在する細胞たち
すべての脂肪細胞は毛細血管から直接栄養を受けていると言われています。つまり、脂肪組織は非常に毛細血管に富んだ組織。脂肪の新生や増生には、必ず血管の新生も伴うことが知られています。そんな新しい脂肪細胞や血管をつくっているのが、自身を複製したり他の細胞に分化(変身)する能力を持つ幹細胞です。脂肪の幹細胞だからと言って、脂肪だけに分化するわけではないんですよ。他にもいくつかの系列(線維芽細胞、軟骨細胞、骨芽細胞、神経細胞、内皮細胞、筋細胞および心筋細胞)に分化することができます。
脂肪組織を採取して酵素処理するすると、脂肪細胞以外の脂肪に含まれる細胞群、間質血管細胞群(stromal vascular fraction:SVF)を分離することができます。変形性膝関節症の再生医療に活用されている脂肪由来幹細胞は、このSVF に存在する細胞のひとつというわけです。
再生医療でメリットになる、脂肪幹細胞の特徴
これまで再生医療で最も使用されていたのは、骨髄幹細胞(bone marrowderived:BMSC)でした。ただ、骨髄中に含まれる幹細胞の数は総有核細胞数の0.001~0.01%。割合としてはとても少ないのです。また確定的ではありませんが、加齢とともに採取した幹細胞の増殖スピードが遅くなるとの報告もあり、骨髄からでは培養しても治療に必要な量の幹細胞を得ることが困難になる可能性があります。
一方、脂肪組織からは1グラムあたり約5000個の脂肪幹細胞が採取できるとされていて、これは同じ量の骨髄組織の500倍! しかも、増殖スピードは骨髄幹細胞よりも早いので、比較的容易に必要量を確保できます。また、脂肪幹細胞は人体に存在する他の幹細胞に比べて容易に採取することが可能。痩身目的で脂肪吸引施術が世界中で行われていることからも分かりますよね。
このように、高齢者でも無理のない方法で採取することができるため、変形性膝関節症の再生医療にはとても適しているのです。
【参考文献】
「Japanese Journal of Transfusion and Cell Therapy」中山享之ら Vol.59 No.3 59(3):450―456, 2013
傷の治りを良くする作用も他幹細胞より一歩リード
膝関節からは少しそれますが、脂肪幹細胞のメリットは傷を治す作用にも見ることができます。マウスの背中の傷に胎盤由来の幹細胞、骨髄幹細胞、脂肪幹細胞を移植し、その後の治癒状況を調べたところ、脂肪幹細胞の傷を治す作用が最も強く、治りもきれいだったという報告があるのです。
【参考文献】
「Direct comparison of the potency of human mesenchymal stem cells derived from amnion tissue, bone marrow and adipose tissue at inducing dermal fibroblast responses to cutaneous wounds」XIAOYU LIU, et.al. International Journal of Molecular Medicine 31: 407-415, 2013
脂肪幹細胞の働きとは?
脂肪幹細胞がどういうものか、他の幹細胞に比べてどんなメリットがあるのか、なんとなく理解できたでしょうか? ただ、ナゾは冒頭で取り上げたような変形性膝関節症に対する効果がなぜ得られたのかということ。その答えは、脂肪幹細胞の作用を検証した、いくつかの報告から推測することができます。
炎症を抑え、軟骨を保護する作用を確認
まずひとつが、マウスの変形膝関節症モデルを使用した実験。滑膜の厚みの減少、炎症性サイトカイン(炎症を誘発する情報伝達物質)の発現低下と軟骨損傷の改善度合いを検証しています。結果、次のようなことが観察されました。
- 脂肪幹細胞を投与した42日後の滑膜の肥厚が減少
- 軟骨損傷スコアの改善
- 炎症性サイトカイン(IL-1β)の早期低下(14日後)
脂肪幹細胞の投与によって、関節炎の抑制と関節の損傷が抑えられたことが確認できたのです。
【参考文献】
「Antiinflammatory and Chondroprotective Effects of Intraarticular Injection of Adipose-Derived Stem Cells in Experimental Osteoarthritis」M. ter Huurne, et al., Arthritis and Rheumatism, vol.64, no.11, pp.3604–3613, 2012.
ヒトの変形性関節症でも軟骨保護作用を確認
動物実験ばかりではありません。ヒトに対しての効果に関するものも、もちろん報告されています。脂肪幹細胞の投与でどういう現象が見られたかというと、線維化を抑える作用を担う成長因子HGFの分泌促進と、線維化を進める成長因子のTGF-β1の低減が観察です。
これは、脂肪幹細胞の関節内投与で、ヒトの軟骨細胞に対しても抗線維化および抗肥大効果が示されたということ。つまり脂肪幹細胞は、ヒトにおいても動物で得られたデータと同じく、軟骨保護作用が得られると考えられるのです。
【参考文献】
「Adipose mesenchymal stem cells protect chondrocytes from degeneration associated with osteoarthritis」Maumus et al., Stem Cell Research (2013) 11, 834-844
軟骨の変化を抑える効果を確認
こちらの実験方法は、変形性関節症モデルのウサギに脂肪幹細胞とヒアルロン酸を左右片膝ずつに投与するというもの。脂肪幹細胞側で有意に軟骨の変化が抑制されていることが観察されました(術後8週の時点)。また、関節炎の軟骨や創傷部位で多く発現される細胞は、脂肪幹細胞を投与した膝で少ない傾向に。これは、炎症性サイトカインのTNF-αの刺激下でも同じ結果が示されました。また、脂肪幹細胞と軟骨細胞を一緒に培養した軟骨細胞の、増殖効果も認められたのです。
つまりは、関節内に投与された脂肪幹細胞のパラクリン効果(細胞間のシグナルの伝達)が軟骨細胞増殖能や軟骨基質保護作用を調節することで、軟骨の変化を抑制する効果を得られた可能性があると分かりました。
【参考サイト】金沢大学整形外科ホームページ
こんな試験でこんな結果も!変形性膝関節症に対する脂肪幹細胞治療のあれこれ
変形性膝関節症に対する脂肪幹細胞の作用の他にも、研究者たちは実際の臨床試験で、こんなことを調べて有意義な報告をしています。
脂肪幹細胞をたくさん投与した方が効果は高い?
こちら、気になりますよね。投与量に差をつけた試験は少なくありません。そこに言及している報告が次のものになります。
試験は、各18名のグループを3つつくり、量に差をつけて脂肪幹細胞を投与。投与された幹細胞量はlow dose(1000万個)middle dose(5000万個)、high dose(1億個)で、術後6ヵ月間の追跡調査を行いました。6ヶ月後というのは比較的短期間のため差がでにくいのですが、下記の結果が導き出されています。
- 痛みの評価に重きを置いた評価方法VASスコアとWOMACスコアで、high dose群に優位な改善が見られた。
- 膝の可動域や安定性を評価するKnee Society Clinical Rating Systemのスコアでは、low dose群、high dose群に有意な改善が見られた。
- Kellgren-Lawrenceグレード(変形性膝関節症の診断基準となる4段階の分類)、関節腔、機能軸、解剖学的な組織評価は、いずれの用量でも有意に変化しなかった。
【参考文献】
「Intra-articular injection of mesenchymal stem cells for the treatment of osteoarthritis of the knee: a proof of concept clinical trial.」Jo CH, Lee YG, Shin WH, et al. Stem Cells. 2014;32(5):1254-1266
同じ再生医療のPRP療法と比較してみた
25名に対して行った、関節鏡視下のデブリドマン手術と組み合わせた脂肪幹細胞(平均投与細胞数:189万個)と、PRP療法の単独治療との比較臨床試験というのも行われています。結果は下記のようなものでした。
- 平均24.3ヵ月にわたる長期フォローアップの報告では、症状や日常の障害度を数値化したLysholmスコア、活動レベルを数値化したTegner、痛みを数値化したVASスコアでの評価において、脂肪幹細胞治療に優位な改善が見られた。
- 数人が注射後2〜3日の軽微疼痛を訴えた。一人の患者が注射部位の顕著な痛みと腫脹を訴えたが2週間ほどで自然に消失した。
この研究では、関節内注射による脂肪幹細胞療法が安全であり、変形性膝関節症の膝の痛みの軽減、および機能の改善を補助することを示唆していると結論づけられています。
【参考文献】
「Infrapatellar fat pad-derived mesenchymal stem cell therapy for knee osteoarthritis.」Koh Y-G, Choi Y-J. Knee. 2012;19(6):902-907.
脂肪幹細胞治療にPRP療法を併用した試験も
翌年には同じ研究者たちが、脂肪幹細胞とPRPを併用した21名のグループとPRP療法単独治療を行った23名のグループで、前向き比較試験も報告しています。
- 併用群では痛みと症状における評価で、PRP療法単独群に比べて良い結果が得られた。
- 併用群では、治療開始前と比べ痛みを数値化したVASスコアで改善傾向が、症状や日常の障害度を数値化したLysholmスコアでは明らかな改善が見られた。
- PRP療法単独群では、線維軟骨の被覆による保護が10%に過ぎない結果だったのに対し、50%の患者にそれが確認できた。
この結果は、組織再生効果の可能性についても示唆しています。
【参考文献】
「Mesenchymal stem cell injections improve symptoms of knee osteoarthritis.」Koh Y-G, Jo S-B, Kwon O-R, et al. Arthroscopy. 2013;29(4):748-755.
「Comparative outcomes of open-wedge high tibial osteotomy with platelet-rich plasma alone or in combination with mesenchymal stem cell treatment: a prospective study.」Koh Y-G, Kwon O-R, Kim Y-S, Choi Y-J. Arthroscopy. 2014;30(11):1453-1460.
脂肪幹細胞治療は高齢者にも有効?
65歳以上を対象とした、試験も行われています。内容は、関節鏡洗浄後に脂肪由来幹細胞にて変形性膝関節症を治療するというものです。結果はこちら。
- 87.5%の患者が軟骨状態を維持、または改善した。
- 投与1週間以内の膝の痛みを2名が訴え、1名は2週間痛みが続いたが、抗炎症薬の投与で改善した。
つまり、高齢者にも細胞治療の有効性が確認されたのです。
【参考文献】
「Clinical results and second-look arthroscopic findings after treatment with adipose derived stem cells for knee osteoarthritis.」Koh Y-G, Choi Y-J, Kwon S-K, Kim Y-S, Yeo J-E. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2015;23(5):1308-1316.
変形性膝関節症の再生医療の今後に期待ふくらむ!
脂肪幹細胞の変形性膝関節症に対する作用や実際の効果の報告は、他にもまだまだあります。これらを見る限り、現状ヒアルロン酸注射と人工関節置換術の間に有効な手だてがない変形性膝関節症治療において、ひとつの選択肢となることを期待せずにはいられません。
脂肪幹細胞治療は、自己負担の自由診療ですが、すでにサービス提供する医療機関もあります。今はまだごく少数ですが、この有用な治療法が、数年後には膝の痛みに悩むもっと多くの皆さんの選択肢となっているような気がするのです。